2014年04月01日

社会デザインの基礎理論−社会開発の系譜から−


はじめに

 「社会デザイン」という用語はまだ一般に普及した言葉とはいえないが、使う人が徐々に現れてきたように思われる。類似用語の「コミュニティ・デザイン」などはだいぶ普及した感がある。一方その意味するところ、用語の定義や使われ方は多様である。
 社会デザイン論入門の講義が早稲田大学社会科学部のコア科目として2009年4月に開講して、かなりの年月が経つ。それに関連し、大学による学問を活用した社会的な実践活動や社会実験の機会も多くなり、行政、企業、NPOなど、地域開発、コミュニティデザイン、まちづくりなどの理論に関心をもつ一般市民の方々と基本的な考え方を共有しておく必要も感じられるようになってきた。
 そこで社会デザインとは何かについて基礎理論をなるべく簡潔にわかりやすく書いておきたい。


前提:共感の社会的メカニズム

社会進化(social evolution)は、社会生物学の系譜による心の進化論の立場から、「道徳のピラミッド(morality pyramid)」の体系において、より高次のレベルがシステムとして発達することとして説明される*1)。

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道徳のピラミッド

 社会は2つの感情を土台に成立している。「愛」と「パワー」である。
 「愛」とは成員の生存、文化の自己保存のためアイデンティティを感じる「自己愛心」である。集団の組織、文化を継承するシステムを発達させる。組織愛、郷土愛などのかたちとして顕れる。
 「パワー」は、威嚇・防衛・攻撃のための実力行使の武力で、外交と軍事である。自己の環境経済資源が窮乏した場合に利害が反する他所から調達する。または他所からの侵略に備える。
 この自己愛と武力の2つのバランスの上に「コミュニティの利害」が成立し、食料・エネルギーなどの環境資源が十分である場合は、そこから道徳のピラミッドが発達していく。まずコミュニティ間で、歓び、苦しみ、怒り、恐怖などの「感情の伝染」のシステムが発達する。その中から「感情移入・共感」が発達する。その上にコミュニティのメンバーに余裕がある場合には困窮したメンバーに対して「援助」行動が生まれる。その互恵的利他行動がコミュニティ成員間に定着し、記録されると、援助の貸借関係が未来への時間軸で発生し、それにより関係がさらに強くなる。武力衝突になった場合でも関係が深まると、将来的に「和解」や「報復」できるしくみを整える。そこでさらに相互依存関係が強くなると「規範」や「懲罰」の概念が生まれる。さらに関係が成熟すると社会的な「正義」の概念が定立される。そこから法や権利が発達してゆく。
 道徳のモラルは常に変動している。これらはすべて環境資源に依っているので、それが縮小、枯渇すれば、道徳のピラミッドは小さくなっていく。縮小した場合はモラルの低下がおきる。たとえば反社会的行為、違法行為、汚職などである。それは困窮者層、地域社会、企業、行政、政治機構など随所にあらわれる。それに対して無関心、関係解消、機会をめぐっての紛争、裁判などの反動が様々なかたちであらわれることになる。


社会進化と社会開発の理論

 科学的な心の進化論を見たが、ここで一度過去に戻り、19世紀の後半から社会の進化・発展についての系譜をみておく。それらは現代的な理論にどう継承または接合するのであろうか。
 社会進化・発展に関心が高まり、論考が進み、フランスのサン・シモン、オーギュスト・コント、イギリスのチャールズ・ダーウィンドイツのヘーゲルなどの系譜が生まれる。
 それらは大きく分けると、「である」ことを説明する社会変動(social change)、社会進化(social evolution)の社会学(sociology)の立場と、「あるべき」社会の政策(social policy)、具体的に構想する社会計画(social planning)、社会開発(social development)の立場、そして、「あるべき」社会に向けて実践するための社会ガバナンス論(social governance)、社会運動論(social movement)などの立場がある。これらは学問的には本来別なものであるが、初期の研究では理論的整理はあいまいであった。とくに自由経済や社会統制の位置づけを社会構造との関係においていかなるものとして理解するかによっても論の立場が分かれる。またその混同ないし論理の飛躍は、現実の社会、または現在の社会政策、都市計画等においてもしばしば生じている。

 「あるべき」論からの嚆矢は、生物学、社会学、地理学を学び都市計画家のパイオニア的な仕事をおこなったパトリック・ゲデス(1989)の「社会開発における地理的状況の影響」である*2)。その思想をまとめたものが『進化する都市(Cities in evolution)』[1915]である。

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パトリック・ゲデス

 一方、「である」論からの嚆矢は、 ドイツの心理学者、社会学者のフランツ・カール・ミュラー・リヤーの、『社会開発の歴史』[1908]があげられる*3)。

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フランツ・カール・ミュラー・リヤー

 社会学者のロバート・マッキーバー(Robert Morrison MacIver)は社会発展と個人の個性化との関係を論じた*4)。これは社会化を社会統制のみの視点から捉えたパーソンズらと異なる。社会化は個人の自由意思にもとづく個性化と矛盾するものではなく、むしろ個性化が前提となって社会化も豊かな広がりが生まれるとするものである。ただしこの循環的な相互関係が常に成立するとは限らない。その観点から社会変動(social change)と社会因果関係(social causation)[1932]を論じた。それを踏まえ、「社会進化と社会進歩」(Social Evolution and Social Progress)[1937]を著した。

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ロバート・マッキーバー

 イギリスの自由社会主義的な社会学者、政治学者のレオナルド・ホッブハウスは『社会開発』[1924]を著した*5)。ホッブソンは、マッキーバーの社会発展の理論を応用している。

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レオナルド・ホッブハウス

 さらに経済学、経済学史の観点からワーナー・スタークは社会発展を論じ、『社会発展との関連における経済学史』をまとめた*6)。

 またスタークの理論は、日本へ早稲田大学の経済学者の酒枝義旗が紹介した*7)。

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酒枝義旗


社会システム論

 1970年代になると社会システム論が登場する。ジェイ・フォレスターはシステムダイナミクスを提唱し、企業、都市、世界などをモデルとして俯瞰した*8)。



G・ジェイコブスの包括的社会開発理論

 社会開発論の源流を見てきたが、その後現代における論や政策の展開は多く知るところであるので割愛する。日本では佐藤栄作内閣が社会開発を国策に導入した。当時のマスコミの論調は以下(リンク)のようであった。
 ここでは比較的新しい社会開発の包括的な理論して、ギャリー・ジェイコブスらによる包括的社会開発理論(1997年)をあげておく*9)。

 世界の社会開発の歩みをみてみると、永らく住居、下水道、施設などの「物理的欲求」を満たすこと、それに加え、食料・安心・子孫継承など「生理的欲求」を満たすことが目標であった。19世紀に入ると、それに加え「精神的欲求」の比重が次第に大きくなってきた。帰属欲求、自己効力感、自己実現などである。現代社会における社会開発ニーズは、マズローの欲求段階説(1943)をあげるまでもなく、この精神的欲求を満たすことの比重が大きく占めるようになっている。それが満たされない場合の疎外感、無力感、ストレス、うつ、自殺などから当事者を救済することが社会開発の新しい目標である。
 日本においては「まちづくり」という言葉があるが、1980年代以後、20世紀においては物的環境の改善を意味することが濃厚な用語であったが、近年は福祉のまちづくり、文化のまちづくりなどソフトな使われ方が多くなり、精神面の社会開発の意味に比重が移りつつある。

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社会開発の歩み

 現代の社会開発のプロセスは、7つの段階が想定される。

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社会開発のプロセス

 @社会の準備状況、Aパイオニア的取り組み、B社会的模倣、C相乗効果、D社会組織化、E制度化、F家族による文化継承、である。まずは社会の準備状況が整うこと、それを社会的パイオニア(social pioneers)の人々が新たに社会を牽引する取り組みを始めること(社会開発ではリーダーという言葉を使うことは慎重である。リーダーとは政治主導の色彩の強い言葉で誤解を招くことが多いからである)、それが広く社会成員に普及すること、幾多の取り組みが相乗効果を発揮してさらなる多様な効果を生み出すこと、そして全体社会の側がこの動きを前提に組織化されていくこと、それが制度化(社会習慣、法制度等)になっていくこと、最終的にはインフォーマルな家族の単位に受け入れられ文化として継承されるようになって普及プロセスは完了することになる。


 このうち、@「社会の準備状況」が整うためには、余剰エネルギー(余暇・お金・人材など)があること、A欲求の高まり、B意識づけの3つがサイクルが循環することが必要であり、それによって社会開発の機運が高まる。

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社会開発のための社会の準備状況

このように考えると、現代の社会開発とは、思考習慣の革新によって新たな価値づくりを広く社会的におこなうことを通じて人々に内在する潜在的なエネルギーを知恵や力に変えて外に出すことで人々が活き活きと生きられる状況をつくることであるといえる。


社会化のプロセス

 以下マッキーバー、ホッブハウス、G・ジェイコブスの論を基本に概念整理をおこなう。
 個性化(individualization)と社会化(socialization)の中から共通関心が生まれ、その関係が発達する過程が社会進化である。
 個性化とは、自分らしさを磨くこと、自分の個性をもち、それを追及し、確立すること、自己陶冶することである。それにより他者から承認されることをいう。慣習や伝統に束縛されなくなると、既存の権力の指示や圧力への単純な従属に甘んじなくなる。さらにそれが進むと個性が確立され、既存権力から認められるようになる。そうならずに既存の全体秩序と価値衝突する場合には、戦闘状態となる。

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戦闘状態

 社会化とは、つながりを深めることである。個人が社会のなかに存在の根をもち、社会関係が複雑かつ拡大し、自己の生活の充足に仲間との関係の度合いが増加、発展する過程をいう。
 社会関係が発達していない原始的な状態(たとえば知り合ったばかりの人が多い場合や相手の個体差や能力差の相互承認が進んでいない状態)または困難時において、立場を同じくする成員の間で連帯がうまれる。

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連帯

 個性化と社会化は、表裏の関係である。個性化は、共通関心が維持される限りにおいて、それが進めば進むほど、独自の価値を社会的に持つことになる。社会はより効率的に進化するほど個々の相互承認、分業化が進んでいく。その相互作用が働く過程で、個人のパーソナリティを踏まえた「協働(co-production)」が進む。

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協働

 個性化が一方的に進むのみで、社会的な価値が意識されない場合には、新たな共通関心が形成されず、社会的分業などの相互作用も生まれない。結果として混沌と無差別なアノミーの状態となる。急速な自由か、民主化、その反動などで社会秩序が不安となる場合などに見られる。

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アノミー



社会変動と社会開発

 社会は独立変数たりえず、食料・エネルギー・生産などの経済資源や環境資源の影響を強く受け、社会のおかれた状況は変化する。それによって社会秩序のあり方、社会集団の組織、社会意識、社会規範なども社会変動(social change)する。たとえば急速に社会秩序が移行する場合、またはその逆に反動的になる場合には、既存秩序の遵守意識の低下、モラルの崩壊、勤労意欲の減退、違法・賄賂などの横行をまねく。
 逆に深刻な経済的困窮になると、規範意識が後退し、他者から資源を収奪したり、他人の不幸をほくそえむようになる。それが社会集団で生じると他集団の領地など生存圏へ侵略を敢行したりその行為を正当化したりする。
 このような社会変動による社会の転換期、とくに社会危機(social crisis)の状況において、環境、経済、政治等の状況に応じて、社会の安定化へ介入すること、とくに既存の秩序から新しい社会体制に移行することによりその目的を達成することを社会開発(social development)という。新たな社会経済システムの導入、社会の再組織化、新しい規範の定立、新たな社会的価値意識の醸成などを含む。

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社会開発
 
 社会開発のために行われる社会像の構想とそれにもとづく処方策の具体化の知を社会デザイン(social design)と呼ぶことにする*9)。コミュニティのプロファイリング(診断)、意識調査、社会的記憶の継承、社会システムのモデル化、問題発見と課題の整理、目標社会イメージのプロトタイピング、文脈の構築、新たなコミュニティの構築、社会ガバナンスの構築、シンボルの創出、パブリック・インボルブメント、担い手グループの創出、そのための社会教育、社会開発プロセスの評価などを含む。
 それにより介入の内容が決定され、実現に移される政策体系を社会的プログラム(social program)という。その内容は新たな制度設計、社会アクション(social action)、さらにはインフォーマルな伝搬(たとえば口コミ、つぶやきなど)も含め多様なアプローチを複合したものとなる。そのひとつとして実施される社会開発を企図した施策を社会事業(social work)と位置づけることもできる。
 端的にいえば、社会開発は1つのプログラムではなく、プロセス(に介入しながら全体の複雑な働きの行方を見守る行為)であるので、状況把握としての診断、社会文脈の変化の理解、介入の影響評価などの社会マネジメントが重要となる。

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社会デザイン

 社会開発が、社会的プログラムによってすべてが機械的に達成されるわけではない。社会的プログラムはきっかけにすぎず、社会過程(social process)にゆだねられる。いわば氾濫する大河の流れを整流するために要所要所に堰を造ることにたとえられる。政策のプログラムの1つのセットで社会的プロセスが大きく変わるものではないが、経済、政治、環境等の条件の影響も受けて、それらが積み重ねられて相互作用し、社会状況は変化していく。偶然性の要素も加味される。それらの結果として大きな社会変動の流れができていく。
 そのプロセスはいきつ戻りつの過程を経ることが一般である。この過程は一定の時間を要する。慣習の制度化の過程に着目する社会開発に特有のもので、効率性を重視する経済開発や都市開発などとは異なるプロセスである。
 社会的プログラムが既存のキャパシティで受け止めきれないと判断された場合は社会から拒絶されることになる。またプログラムの介入が弱い場合も現実を変えることができない。好条件が整った場合にのみ社会変動が生じるといえる。

 社会的プログラムは社会危機などの社会状況に応じて介入するモデルを変える必要がある。連帯を重視したモデル、自由競争を重視したモデル、協働を重視したモデルなどがある。一般的に社会危機には連帯を重視したプログラムが必要とされることが多いが、その場合でも個性化が制限される場合とされない場合がある。
 また新たな科学技術や社会経済モデルを活用した創造的な社会的プログラムを、社会イノベーション(social innovation)と呼ぶ場合もある。また戦争、紛争、災害などで秩序が不安定化した社会を再生・回復することを社会レジリアンス(social resilience)という。



脚注
*1) Frans B. M. de Waal(2009) Good Natued: Origins of Right and Wrong in Humans and Other Animals, Harvard University Press.
*2) Patrick Geddes(1898). The influence of geographical conditions on social development, The Geographical Journal, 12(6), 580-586.
*3) Franz Carl Müller-Lyer(1908) Phasen der Kultur und Richtungslinien des Fortschritts Translated by Elizabeth Coote Lake & Hilda Amelia Lake as The history of social development, London: G. Allen & Unwin Ltd, 1920.
*4) Robert Morrison MacIver(1931) Society 1st Edition.
*5) Leonard T Hobhouse(1924) Social Development: its nature and conditions, Henry Holt.
*6) Werner Stark(1944)The history of economics in its relation to social development, Psychology Press.
*7) 酒枝義旗 (1951) W.stark:The history of economics in its relation to social development., 早稲田政治経済学雑誌, 113-115.
*8) Jay Wright Forrester(1969) Urban Dynamics, Pegasus Communications
*9) Garry Jacobs, Robert Macfarlane, and N. Asokan(1997)Comprehensive Theory of Social Development, World Academy of Art & Science
*10) これは筆者における定義である。

posted by 早稲田大学早田宰研究室 at 22:42| 日記